答え:スピードと記憶量は処理能力であり、思考や知性そのものではない。
私たちはAIやコンピューターの出力を見ると、「賢い」と感じることがある。
膨大なデータを瞬時に処理し、正確な答えを出すからである。
しかし、ここで重要なのは、
スピードと記憶量の大きさは、思考や知性と同じではないという点である。
どれだけ多くを記憶していても、それが意味を理解しているとは限らない。
どれだけ速く計算できても、その目的を理解しているわけではない。
コンピューターは「何のためにそれをしているのか」を知らない。
なぜ人はAIを賢いと感じるのか
答え:人間に似た結果を出すため、そのふるまいが知的に見えるからである。
AIは自然な文章を作り、絵を描き、質問に答える。
そのため、人間のように考えていると錯覚する。
しかし実際には、
記憶された情報を高速に処理しているだけである。
そこに理解や創造は存在しない。
スピードと記憶量の限界とは何か
答え:判断・目的・価値といった要素を持たないことである。
コンピューターは、
何を重要とするかを決めない。
何を省くべきかを自分で判断しない。
人の気持ちを考えて行動を変えることもない。
つまり、
スピードと記憶量は「手段」であって、
判断や創造の代わりにはならない。
なぜソフトウエアがすべてを決めるのか
答え:コンピューターもAIも、すべて外から与えられたプログラムによって動いているからである。
どれほど高性能なコンピューターでも、
プログラムがなければ何もできない。
AIも同じである。
何を目的とするか、
どのように処理するか、
どのデータを使うか、
すべて人間が決めている。
AIが自ら進化するように見えても、
その枠組みは人間が設計したものである。
なぜAIは価値判断を持てないのか
答え:価値や目的はプログラムの外にあり、人間の領域に属するからである。
AIは「どう生きるべきか」を考えない。
「何を信じるか」を持たない。
それらは人間の精神や文化、倫理の領域である。
AIはそこに踏み込むことはできない。
● この節の結論
コンピューターやAIのスピードと記憶量は圧倒的な処理能力を生み出すが、それはあくまで手段であり、思考や知性そのものではない。
AIは記憶した情報を高速に処理しているだけであり、
そこに意味理解や創造性、目的意識は存在しない。
また、そのすべての動きはソフトウエアによって決められており、
目的・ルール・データはすべて人間が与えている。
したがって、AIは自律的な知性ではなく、
人間の設計の中で動く高度な処理装置にすぎない。
そして最も重要なのは、
その道具をどう使うか、どのような価値のもとで運用するかという判断は、
常に人間の責任にあるということである。